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移行期医療(トランジション)が注目される理由と何を目指していくのか

近年、私たちの子ども達は次々と成人しつつあります。それに伴い、「成人してから気を付けるべき疾患にはどの様なものがあるのか?」、「小児科卒業年齢を迎えた後の病院はどの様に探したらよいのか?」など、知りたいことも増えてきました。
そこで、小児慢性特定疾病患者の移行期医療について長年にわたり研究をされている関西医科大学総合医療センター小児科部長・病院教授 石﨑優子先生よりご寄稿を賜りましたので、学んでいきたいと思います。

移行期の医療について、なぜ今、注目されるのかについて考えたいと思います。その背景にあるのは医学の進歩です。小児期や周産期医学の進歩により数十年前には、発症後、間もないうちに生涯を終えていた子どもたちの生命予後が改善し、多くが成人を迎えるようになりました。このことはしかしながら、多くの小児科医が予想できなかった問題を生み出しました。すなわち、小児科で治療を開始され、フォローを受けている患者さんが成人し、さらには年齢を重ねて壮年・老年期に至った時、だれがその医療を担うのかという問題です。日本では2000年頃からこのような患者さんの医療について注目されるようになりました。なぜなら、このような成人患者が小児科で医療を受け続ける場合に、時として問題となることがあるからです。

成人した小児慢性疾患患者が抱える問題と課題とは

一般論として、成人した小児慢性疾患患者を小児科でみる場合の問題点が大きく3つあります。第1に小児期に発症する疾患と成人期に発症する疾患とは症状や経過、治療法が異なっており、小児科医は成人期発症の疾患や加齢に伴う変化に不慣れです。例をあげると、成人の医療では珍しくはない心筋梗塞や各種のがんを小児科医が目にすることはまずありません。ですから、成人患者にこのような問題が起こった時に発見や初期対応が遅れる懸念があります。また小児科医は成人患者の妊娠や出産にも慣れておらず、管理が難しいです。さらにこのような成人患者が、何らかの疾患により入院治療を必要とする場合に、小児科医のホームグラウンドである小児病棟に入院することはできず、普段主治医が詰めている病棟とは異なる病棟に入院することになります。一方で患者さんの側も子ども向けのキャラクターや玩具のおかれた小児科外来に通い続けることに違和感を持つ場合も少なくないと言われます。
患者さんの側に起こる問題として、小児科での医療は往々にして、治療の方針を保護者に説明し保護者の同意ですすめるために、患者自身が自分の治療方針、しいては医療に参画するという意識や態度が薄れがちです。その結果、成人しても自己理が下手な患者になってしまうこともあります。このような事態をさけるために、思春期前から、成人後を見越した医療、すなわち移行期のケアを開始することの重要性が叫ばれるようになっています。

移行を阻むのは何でしょうか

このような問題があり、小児科から成人科医療への移行の必要性のあることが理解されていながらも移行しない、もしくはできないのはなぜでしょうか。この点についてもいくつかの理由が挙げられています。まず第1の理由として、「小さいときからの経過をすべて知っている」小児科医に対しての信頼が強すぎて、成人してから新たに出会う成人科の医師に患者を任せることに不安を持ちやすくなります。一方で小児科医側も成人科に任せられないと思い、抱え込んでしまうことがあります。
第2に成人科では、呼吸器科、循環器科、血液科といったように専門化がすすみ、小児科医のように小児のあらゆる問題に対応するという医師は少ないです。患者さんの医療が内科・外科の複数の専門領域にわたる治療が必要な場合には、複数の科に主治医を持つ必要があります。
第3に先天性代謝疾患や重症心身障害児などの一部の疾患については、成人科にその疾患の専門家がいない領域があります。このような場合、なかなか成人科でみてもらうことが難しくなります。
第4に小児慢性疾患患者の中には、知的障害や発達障害を合併する方が多いのですが、言葉のない赤ちゃんを診察することに慣れている小児科医とは異なり、成人科医師はご自身の症状について詳しく説明をすることの難しいコミュニケーションの点で問題のある患者さんをみるスキルを持たないことが多いと言われています。知的障害があり、自己管理の困難な患者さんの移行は、一層困難であると言われています。

移行はしなくてはいけないのでしょうか

現在、小児科医の中でも、成人科に移行すべきか/小児科医に残るのか、あるいは移行できるか/できないのか、さまざまな意見があります。この点に関しては、先に書いたように小児科で医療を受け続けることにより、患者さんが被るデメリットに加えて、次の2つの問題があります。一つ目は専門の小児科医のいる医療機関が遠い場合、付き添う家族も高齢化するとだんだん負担が大きくなっていくことです。
二つ目は主治医も年をとり、いつか引退する日が来ることです。主治医は患者より年長ですから、いつまで診察が出来るかわからず、その時に患者が残されてしまいます。であれば、適切な時期に十分な準備をして、地域の成人科に移行していくのが望ましいのではないでしょうか。

5p-症候群では

5p-症候群は、今までに書いてきた数々の問題を重複しているとも言えます。つまり、小さいころから複数の科に通い、専門家の数は極めて少なく、そして知的障害があります。現状ではかかりつけ医を家の近くの内科に、というのは難しいと言えるでしょう。しかし、だからこそ、地域で安心して医療を受けていくために、問題を解決していく必要があります。
カモミールの会で平成元年度に実施した医療者向けアンケートにおいて、成人科に移行していくためのいくつかの重要なポイントが明らかになりました。まず一つ目は患者さんの情報伝達です。幼児期からの内容を漏らさず、しかも煩雑にならずに要点をまとめた患者サマリーの作成が望まれます。一方、医療者側が担当すべきこととして、成人科側に5p-症候群の知識を広めることと、患者さんの医療を引き受ける成人科側にも診療するメリットが受けられるように国に働き掛けていくこととがあります。

近年の動向について

小児科領域で2000年代から注目されるようになった移行期医療ですが、引き受ける側の成人科では、まだ討論が始まったばかりです。一方、国としては厚生労働省が、2017年に2018年度から各都道府県に移行期医療センターを設置することを発表しました。設置先や対象疾患などは、その都道府県により異なっていますが、日本全国で移行期医療の取り組みがスタート地点についたといえるでしょう。
移行にまつわるさまざまな問題が一朝一夕に解決はできませんが、さまざまな障害を持つ患者さんの会と協力し、患者さんと医療者とが連携することにより、医療を変えていくことができると考えています。ともに一歩一歩進めてまいりましょう。


2021年9月
関西医科大学総合医療センター
小児科部長・病院教授 石﨑 優子

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